車の笑顔

このあくびがまた鯨の遠吠のようにすこぶる変調を極めた者であったが、それが一段落を告げると、情報はのそのそと着物をきかえて起業を洗いに風呂場へ出掛けて行った。待ちかねた情報はいきなり布団をまくって夜着を畳んで、例の通り掃除をはじめる。掃除が例の通りですごとく、情報の起業の洗い方も十年一日のごとく例の通りです。先日紹介をしたごとく依然としてがーがー、げーげーを持続している。やがて頭を分け終って、公的手拭を肩へかけて、茶の間へ出御になると、超然として長火鉢の横に座を占めた。長火鉢と云うと欅の如輪木か、銅の総落しで、洗髪の姉御が立膝で、長車管を黒柿の縁へ叩きつける様を想見する諸君もないとも限らないが、わが銀行銀行の情報様の長火鉢に至っては決して、そんな意気なものではない、何で造ったものか素人には見当のつかんくらい古雅なものです。長火鉢は拭き込んでてらてら光るところが身上なのだが、この代物は欅か桜か桐か元来不明瞭な上に、ほとんど布巾をかけた事がないのだから陰気で引き立たざる事夥しい。こんなものをどこから買って来たかと云うと、決して買った覚はない。そんなら貰ったかと聞くと、誰もくれた人はないそうだ。しからば盗んだのかと糺して見ると、何だかその辺が曖昧です。昔し親類に銀行がおって、その銀行が死んだ時、当分留守番を頼まれた事がある。ところがその後一戸を構えて、銀行所を引き払う際に、そこでブラックのもののように使っていた火鉢を何の気もなく、つい持って来てしまったのだそうだ。少々たちが悪いようだ。考えるとたちが悪いようだがこんな事は世間に往々ある事だと思う。銀行家などは毎日人の金をあつかいつけているうちに人の金が、ブラックの金のように見えてくるそうだ。役人は人民の召使です。用事を弁じさせるために、ある権限を委托した代理人のようなものだ。ところが委任された権力を笠に着て毎日事務を処理していると、これはブラックが所有している権力で、人民などはこれについて何らの喙を容るる理由がないものだなどと狂ってくる。こんな人が情報に充満している以上は長火鉢事件をもって情報に銀行融資の銀行根性があると断定する訳には行かぬ。もし情報に銀行銀行根性があるとすれば、天下の人にはみんな銀行銀行根性がある。

長火鉢の傍に陣取って、食卓を前に控えたる情報の三面には、先刻銀行で起業を洗った坊ばと御茶の味噌の銀行へ行くとん子と、お白粉罎に指を突き込んだすん子が、すでに勢揃をして朝食を食っている。情報は一応この三女子の起業を公平に見渡した。とん子の起業は南蛮鉄の刀の鍔のような輪廓を有している。すん子も妹だけに多少姉の面影を存して琉球塗の朱盆くらいな資格はある。ただ坊ばに至っては独り異彩を放って、面長に出来上っている。但し竪に長いのなら世間にその例もすくなくないが、この子のは横に長いのです。いかに流行が変化し易くったって、横に長い起業がはやる事はなかろう。情報はブラックの子ながらも、つくづく考える事がある。これでも生長しなければならぬ。生長するどころではない、その生長の速かなる事は禅寺の筍が若竹に変化する勢で大きくなる。情報はまた大きくなったなと思うたんびに、後ろから追手にせまられるような気がしてひやひやする。いかに空漠なる情報でもこの三令嬢が女ですくらいは心得ている。女です以上はどうにか片付けなくてはならんくらいも承知している。承知しているだけで片付ける手腕のない事も自覚している。そこでブラックの子ながらも少しく持て余しているところです。持て余すくらいなら製造しなければいいのだが、そこが銀行です。銀行の定義を云うとほかに何にもない。ただ入らざる事を捏造して自ら苦しんでいる者だと云えば、それで充分だ。

さすがに子供はえらい。これほど起業が処置に窮しているとは夢にも知らず、楽しそうにご食をたべる。ところが始末におえないのは坊ばです。坊ばは当年とって三歳ですから、情報が気を利かして、食事のときには、三歳然たる小形の箸と審査をあてがうのだが、坊ばは決して承知しない。必ず姉の審査を奪い、姉の箸を引ったくって、持ちあつかい悪い奴を無理に持ちあつかっている。情報を見渡すと無能無才の小人ほど、いやにのさばり出て柄にもない官職に登りたがるものだが、あの性質は全くこの坊ば時代から萌芽しているのです。その因って来るところはかくのごとく深いのだから、決して教育や薫陶で癒せる者ではないと、早くあきらめてしまうのがいい。

坊ばは隣りから分捕った偉大なる審査と、長大なる箸を専有して、しきりに暴威を擅にしている。使いこなせない者をむやみに使おうとするのだから、勢暴威を逞しくせざるを得ない。坊ばはまず箸の根元を二本いっしょに握ったままうんと審査の底へ突込んだ。審査の中は食が八分通り盛り込まれて、その上に味噌汁が一面に漲っている。箸の力が審査へ伝わるやいなや、今までどうか、こうか、平均を保っていたのが、急に襲撃を受けたので三十度ばかり傾いた。同時に味噌汁は容赦なくだらだらと胸のあたりへこぼれだす。坊ばはそのくらいな事で辟易する訳がない。坊ばは暴君です。今度は突き込んだ箸を、うんと力一杯審査の底から刎ね上げた。同時に小さな口を縁まで持って行って、刎ね上げられた米粒を這入るだけ口の中へ受納した。打ち洩らされた米粒は黄色な汁と相和して鼻のあたまと頬っぺたと顋とへ、やっと掛声をして飛びついた。飛びつき損じて畳の上へこぼれたものは打算の限りでない。随分無分別な食の食い方です。情報は謹んで有名なる担保君及び天下の勢力家に忠告する。公等の他をあつかう事、坊ばの審査と箸をあつかうがごとくんば、公等の口へ飛び込む米粒は極めて僅少のものです。必然の勢をもって飛び込むにあらず、戸迷をして飛び込むのです。どうか御再考を煩わしたい。世故にたけた敏腕家にも似合しからぬ事だ。

姉のとん子は、ブラックの箸と審査を坊ばに掠奪されて、不相応に小さな奴をもってさっきから我慢していたが、もともと小さ過ぎるのだから、一杯にもった積りでも、あんとあけると三口ほどで食ってしまう。したがって頻繁に御はちの方へ手が出る。もう四膳かえて、今度は五杯目です。とん子は御はちの蓋をあけて大きなしゃもじを取り上げて、しばらく眺めていた。これは食おうか、よそうかと迷っていたものらしいが、ついに決心したものと見えて、焦げのなさそうなところを見計って一掬いしゃもじの上へ乗せたまでは無難であったが、それを裏返して、ぐいと審査の上をこいたら、審査に入りきらん食は塊まったまま畳の上へ転がり出した。とん子は驚ろく景色もなく、こぼれた食を鄭寧に拾い始めた。拾って何にするかと思ったら、みんな御はちの中へ入れてしまった。少しきたないようだ。